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「友情とは翼なき恋である。」(バイロン)
友情も恋愛も、僕にとっては同じひとつのパトスに淵源していて、ふたつをまったく切り離して考えることはできない。 常に恋愛のような友情、友情のような恋愛を希求してやまない。 ![]() ※貝殻骨……肩甲骨のこと。 当初のこのblogの趣旨からは逸れてしまうけれども、これから少しずつ、僕が過去に詠んだ
歌の幾つかを載せていこうと思う。 歌のほとんどは僕が23~25歳の頃に詠んだもので、僕が拙い作歌の真似事に興じていたのは、 実質一年半の期間にも満たなかった。今では歌などとはまったく無縁の暮らしをしているし、 もはや再び歌を詠むこともないだろう。僕はもう、これらの歌を詠んでいた頃のエタ・ダーム(心境)に 立ち返ることなど到底できそうもないし、こんな歌を読んでいたかつての自己を、幻のようにすら 感じているのだから。 だから、それらが短歌と呼べるのかすら実は覚束ないにしろ、だからこそといおうか、 戯れに僕に憑いたミューズへのせめてもの告別として、このささやかなblogにその不器用な証を うち棄てておくのも悪くないと考えた。 僕にとっては、もはや一粒の麦ほどの価値もない言葉でも、ここに記すことによって、 見も知らぬ誰かが、何らかの新たな価値を見出してくれるのだとすれば、 それはそれで喜ばしいことだろうから。
悲哀に酔っていた日、見かねた人が脳科学の講義をしてくれた。僕はうわの空で聞いていた。
詳しくは忘れてしまったけれども、悲しみはいつまでもひとつところに留まるものではない、という話だったように思う。つらい記憶はいつか忘れるようにできているのだと、そんな意味だった。 しかし科学による立証を待つまでもなく、悲しみが永続しない感情であることくらい、無数の名もない青春が痛みを伴って経験する、ひとつの内的事実である。それが、悲哀がつねにレーベンより薄命だからなのか、或いは逆に、遥かに永遠的なものであるからなのかは知らないまでも、とにかく、生に等しく、愛に等しく、哀もまた常にアインマールハイト(一回性)のものに他ならない。きっとそんなことすら自覚しないままにレーベンを終える人のほうが遥かに多いだろうし,そのほうが或いは幸福であるといえるのかもしれないとしても。 しかし真の悲しみがまた真の幸福とも不可分である以上、悲しみを憑代としてしか辿り着けない真理もまた存在するだろう。そして悲しみのさなかに何を見、何を聴き、どれ程心を燃やしたかによって、人に固有の孤独の深度は運命的に決定づけられる。滴り落ちる一粒の涙が、虚しく深淵を叩くまでの永さが。 そうして僕は今でも、僕のもとを去ってしまったあの小鳥のような悲しみが恋しいのだ。 それが、時間へのはかない叛逆を意味すると知りながら。 ![]() 散歩は、この世でいちばん小さな旅かもしれない。 翻せば旅もまた、永い永い散歩と言い換えることができるだろう。 散歩という言葉の響きはいかにも牧歌的だけれども、人それぞれに固有の呼び名と、そこに秘められた意味とを持っている。逍遙といえば文化的に薫り、徘徊といえば怪しげに響き、ウォーキングといえばスポーティになりもする。 でも、僕にとっての散歩は、かぎりなく彷徨に近いものかもしれない。 われながらずいぶんきざな言いざまだけれども、感傷ではなしに、ただ飾らない事実としてそう思う。 好きだからではなく、なにかに駆り立てられるように歩いているにすぎない僕の散歩音楽は、だから陽光のようなうららかさとは縁遠いものになってしまうかもしれない。 けれども今の僕には、ただただ無心に歩むことで、孤独も悲しみも、より深く刻みなおされることこそが、何よりも尊く想われるんだ。
あてもなく歩いていると、不思議と心が鋭ぎ澄まされてゆく感覚。この感覚を僕は好きだ。
そぞろ歩きながら思索と問答とに明け暮れたという、アリストテレス門下の逍遙学派も、 きっとこの散歩が育む精神の透徹を愛していたに違いない。 このWEB上のささやかな一隅に、そんな僕の散歩の足跡を綴っていきたい。 これはその第一歩。 ![]()
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